いつそば「我聞の章」 |第12話「未来の約束」 by Shougyo
話

仏さまのこばなし

いつそば「我聞の章」

やさしい法華経物語

ウッキ〜くん

妙ちゃん

グリトラクータ童話

image

 尊き師であるお釈迦さまからの、私たちへの卒業証書、それは「成仏の約束」だった。しかし、お釈迦さまが亡くなったら、それ以後の仏教信者はもう卒業証書を頂くことができないのだろうか?

 これまでお釈迦さまは、大勢のお弟子や、この私・阿難(あなん)にまで、未来において成ることのできる仏の名と浄土の名を、具体的にお明かしになられた。しかし、お釈迦さまに万一の事があった場合、成仏の約束を誰がして下さるのだろうか?あるいはそうなる前に、お釈迦さまは誰かにその権限を託されるのだろうか?

 お釈迦さまも人間の体をお持ちになっている以上、その肉体の持つ約束には従わざるを得ない。お釈迦さまが悟りを開かれたのが三十歳。そして、私たち弟子に卒業証書を授与するという教えを説き始められたのは、七十二歳以後のこと。 つまり、八十歳でお亡くなりなるまで、卒業証書の授与期間はわずかに八年ということになる。

 私は深く幸福なご縁を頂き、お師匠さまと同じ時代に生まれ合わせ、弟子にしていただき、そして成仏の約束を頂いた。しかし、お釈迦さまが亡くなって、三千年のもの時空を越えた時代に生きる人たちの成仏は、どのように保証されるのだろう……。

 結論はこうだ。お釈迦さまは「生まれる時代が違ったのなら仕方がない」などとは、決しておっしゃらなかった。たとえ自分の死後であろうとも、光と風の世界『法華経』の教えに出逢って「ああ素晴らしい教えだ」「ああ有り難い教えだ」という想いを心から抱いたなら、その者すべてにお釈迦さまは授記(じゅき=成仏の保証)をお与えになるというのだ。

 その時、お釈迦さまは薬王菩薩さまを代表に選び、八万人の菩薩さまにお告げになった。

「薬王よ。私の説く法を聴聞するためここに集まった、天上界の神々や竜王・夜叉(やしゃ)・音楽を司る神々、及び肉体を持った在家・出家の弟子たちの姿を見よ。いま私の説く法華経を聴聞し、その一偈一句(いちげいっく)にでも一念の喜びを起こした者がいたなら、私はその者たちすべてに授記を与えよう。さらに、私の死後もこの教えに接し、同様の喜びを得た者に対しても、やはり同様に授記を与えよう」

 これはとても不思議なことで、私たちの理解を超えたお言葉だった。お釈迦さまが亡くなって後でも、法華経の教えに喜びをもって接するその時、誰もが成仏の保証を頂くことができるとは……。

妙法蓮華経「法師品第十」より/つづく)

what's newdiscourseseasontalesideadownloadlinkmyoabout "myo"site mapNOEC

HOME

Since 1999, Nichiren-shu Osaka Enlightenment Center. All teachings are opening up.