自在生活ノススメ |我が世の春はもう来てる by Ufo

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 老齢化とか少子化とか言われながら、この春も大勢の若者が社会ヘ巣立ってゆく。経済的には、非常に厳しいさなかであり、彼らにとっても一頃のように前途洋々とはいかないだろう。就職するにも、ずいぶん苦労があっただろう。

 けれども、考えようによってはこんな時代の方がよい、ということもあるのではないだろうか。かつて非常な好景気の頃、売り手市場とかいわれて、ろくさま仕事もできないのに、またする気もないのに結構な給料をもらえる就職口がたくさんあったことを覚えている。仕事をしてもしなくても、できてもできなくても、給料が大して違わないのであれば、仕事のし甲斐がなく、ついついしないほうへ傾くのは当然といえる。

 それに比べれば、今は給与体系も「年功型」から「実力型」に移行するところがでてきて、努力のし甲斐があるのではないだろうか。仕事ができれば、できる分だけ評価されるというわけである。新人類だの、新々人類だの言われても、視野が広く、考えも深く、熱意のある若者も結構いる。この人たちが正当に評価される時代になったということである。

 いたずらに不景気だと嘆くだけでは、物事は前に進まない。明るい材料を探すのも、いろいろなやり方があろうというもので、新しい仕事の種を探すのもよし、同じ仕事の種であっても、やり方を変えてみるのもよし、要は仕事に対する姿勢の問題だろう。

 物事には裏と表がある、というのはよく言われることだが、この不景気風の吹く時代をどう考えるかという点にも、人生の基本姿勢は現れる。現在をどうとらえるか、積極的な姿勢の人と消極的な人とでは、違いはそれほど感じられないかもしれない。だがその後の行動面では大いに違いがでてくるだろう。とすれば、努力しない手はない。

 ところで、なぜこんなに不景気になったのだろう。かつての好景気の中では全く予想もつかなかったほどの不景気である。ひょっとしたら、天の配剤かもしれない。どう見てもまともではない金儲けができたことで、世の中浮かれすぎていたのを、ちょっと手綱を引き締めたというところだろうか。

 今の若者たちには責任のないことなのに、という声も聞こえてきそうだが、これも見方を変えれば、まともでないことができないだけに、まともでないことをせずにすむということでもある。後で嘆くより、かえって幸せかもしれない。現にバブルがはじけた後始末に困っている人が、たくさんいるではないか。

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