昭和十九年、旧日本陸軍「上海陸軍第一病院」に一人の看護兵が配属された。彼の仕事の一つに、病院で亡くなった軍人の遺体の後始末があった。当時は遺体のすべてを荼毘に付すことができなかったので、小指一本だけを切り取って荼毘に付し、大部分は土葬されたのである。小指の遺骨は箱に収められ、内地へと送られる。
当初、この看護兵は遺体を前に「この人はどんな思いで最後を迎えたのだろう」「ご両親の嘆きはどれ程だろうか」「奥さんや子供さんが居たら、遺骨を受け取られる時の気持ちは……」と思いを巡らせ、就寝時には声をおさえ枕を涙で濡らしたという。
それから数ヶ月、遺体を始末した後の彼の思いは「一丁上がり」だった。そして、彼は考えた。
「この仕事を命じられた当初と今と、自分の思いはなぜこんなに変わってしまったのか?」
終戦を経て、彼は無事に郷里の土を踏んだ。やるせなさと悲しみのあまり閉ざしていた心を開き、命と真剣に向き合った。そして彼は、寺の門をたたいて頭を丸めた。
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