lotus column いま足りないものは? by Shougyo
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 まさに梅雨と呼ぶにふさわしく、今年は雨が多い。だが数年前、日本では深刻な水不足と米不足に悩まされた年があった。

 水と米、どちらも自然の力と恵みによって与えられるものだ。そのことを私たちが忘れてしまった時、大自然は少し熱いお灸(きゅう)をすえて教えてくれるのかもしれない。

 しかしこのお灸、私たちには少し熱すぎたようだ。その年、24時間にわたって断水となった地域の人々は、それこそ大変な不便と苦労を強いられ、何十年ぶりかで「米泥棒」という言葉まで復活した。

 それでも私は、自然は人間に優しいと思う。お灸は少し熱かったけれど、秋になると雨が降り、全国どこでも水道の蛇口(じゃぐち)をひねれば充分に水が出るようになった。さらにその翌年はお米も豊作となり、米不足も一応の終息をみる……。

「君たち、少し反省した方がいいんじゃない?」

 大自然の言葉によらない忠告は、一年間という反省期間を私たちに与えて幕を閉じた。こうした水不足・米不足を、気象台による発表通り「何十年に一度の異常気象」とだけで片づけてしまってよいのだろうか?

 法華経では「人間の心は、社会環境はもとより自然環境にまでも反映する」と教えている。どうやら、水不足よりも米不足よりも恐ろしいのは、私たちの「思いやり不足」のようだ。

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