lotus column 裏のない記録 by Takochan
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 今や運勢などの占いが載っていない雑誌の方が少ないのではと思うくらい、長期的なブームは続いている。いつぞやは阪神タイガースの優勝を予測し、見事に的中させた細木数子さんの本はロングセラーとなり、いまだにご本人もテレビや雑誌に大忙しである。

 しかし私たちがこのような本を読んで、通り一辺の運命学を学んだとしても、一体何になるのだろう。細木女史ご自身もおっしゃっているように、いま現在の運命は分かっても、それは時を移して刻一刻と変わっていくものなのだ。ちなみに彼女の、次の年の優勝球団予想はハズレだった……。

 仏教には「因縁果報」「自業自得」という根本的な理念があり、自分の行為によって定まる「業」が、自身の様々な環境を決めると説かれている。そうすると「運命」とは、前世から「運」ばれた業によって、この世の「命」が定められるという意味にとらえることもできるだろう。つまり運命さえも、自分の行為が原因となった結果に他ならない。

 古来より多くの人々が、占いによって国や村・家・自身の行く末を知り、災難や困難などから逃れたいと思ってきた。しかし災いを運命のなせるワザとして、自分の行為を省みることなく、すべては運命のせいだと片づけてしまうのは仏法ではない。

 先師の言葉に「現世は先世の業に任すべし」とある。まずは私たちの心に、災難や困難を受け入れる準備ができてこそ、本当の安心が約束されるのだろう。たとえ前世によって定められた境遇があるにせよ、自らの欠点を見つめ、人格を向上させるという仏道修行からは、必ずや未来を変える善業(ぜんごう)が培(つちか)われるはずだ。

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